| 「国際協力」2005年3月号 My Opinion〜草野満代が聞く「国際協力をどう思いますか?」 |
四ノ宮 浩 さん Shinomiya Hiroshi 「戦争の日常の中にあるさまざまな“愛”の形を伝えたい」 現在、イラクを舞台に(仮)『戦争と平和』というドキュメンタリー映画を制作中の四ノ宮浩さん。映画監督として「貧困」や「戦争」というテーマに向き合う彼の思いを聞いた。 アメリカ人の心を変えたい 草野 イラクで『戦争と平和』を撮影しようと思ったのはどうしてですか? 四ノ宮 2001年に9・11が起こったとき、なぜこういうことが起こるのかと考えずにはいられませんでした。ちょうどその11月、僕の第2作目、フィリピンのゴミ山で生きる人々の姿を映した『神の子たち』が公開されました。現地で10年にわたって制作に取り組んできましたが、その間、人々の貧しい状況はまったく変わりませんでした。どうしたら変えられるのかと思っていたときに、9・11があってアメリカ人の考え方などをいろいろ聞いて、ふと「アメリカ人の心が変わらなければ世界は変わらない」と気付いたんです。それで、アメリカ人に僕の映画を見てもらって、彼らに変化をもたらしたいと思いました。 草野 9・11後、アメリカのある一般的な家庭を取材をしたとき、「なぜアメリカが狙われたのだと思いますか?」と聞きました。するとその方は「私たちは被害者なのに、なぜそんなことを考えなくてはいけないのか」と激怒されたんです。私は「狙われる状況をつくってしまったアメリカというものもあるのではないか」という推測で尋ねたのですが、そうした声を聞いて、「アメリカ人がどういう状況に置かれて、世界の国々からどう思われているのか」ということにあまり関心がないのではないかと思いました。でも、彼ら自身がそれを考えないと、世界の状況は変わらないのではと思います。 四ノ宮 そうですね。だから僕もアメリカ人に見てもらい、彼らの生き方や考え方を変える作品を作るにはどうすればいいのかと考えて、「戦争と平和」というテーマで映画を作ろうと思いました。2003年、イラク戦争が始まる前、戦争反対の運動が起こり、世界各地から「人間の盾」となる人がイラクに集まりました。僕は自分の命をかけてまで戦争を阻止しようとする善なる人々を撮りたいと思い、イラクに入りました。しかし、イラク政府とぶつかって大部分の人が国外に出されてしまい、僕も撮影を断念せざるを得ませんでした。僕がイラクを出た2日後に戦争が始まったのですが、今でも現地にとどまり「戦争」を体験しなかったことを心残りに思っています。というのは、僕自身が「戦争」を知らなければ「平和」を語ることも、そのための映画を作ることもできないのではないかと思うからです。 「神の子たち」との出会い 草野 そもそも四ノ宮さんがフィリピンで映画を撮ることになったきっかけは? 四ノ宮 映画の世界に入って、自分が撮りたいテーマがなかなか見つからなかったとき、友人のカメラマンからフィリピンのストリートチルドレンの話を聞きました。現地に行って彼らの生活を見て、ドキュメンタリーを撮りたいと思ったのですが、取材を始めると子どもたちは「お金をくれ」と言うんです。これでは撮影は難しいと思い、ほかの地域を探したところ、スモーキーマウンテンというゴミ投棄場で、ゴミを糧に生きる人々がいることを知りました。ゴミ山の中で、ダンプカーで運ばれてくるゴミに群がる人々。“地獄”だと思いました。でも、そこで澄んだ目をして一生懸命働く子どもたちに出会い、ここで撮影しようと決めました。第1作目『忘れられた子供たち』が完成するまで6年かかりました。そこで生きる人々の映画を撮るためには、日本人としての先入観や感覚を取り除き、現地の人々の目線でなければなりません。そうするには現地に住み、人々と時間を共有することが大切です。 しかし、現在も戦争状態にあるイラクではそれが不可能なので、『戦争と平和』の核となる部分を撮影することができず、完成が遅れています。僕が映画でアメリカの人々に何を見せたいかと考えたとき、戦争の日常の中にあるさまざまな“愛”の形だと思いました。親子の愛、家族の愛、友人の愛。戦争の中で生きる人々の気持ちや“愛”を伝えることによって、「平和」の意味を考えられるのではないかと思います。 草野 日本は今年、終戦60周年を迎え、「平和」が続いているといわれていますが、それは本当の意味での「平和」とはいえないのでしょうか。 四ノ宮 「平和」を言葉で表すことは難しいですが、少なくとも、同じ人間が地球のどこかで戦争をしている。以前は、遠い地のことで関係がないと思えたかもしれないが、今はインターネットで世界の状況が瞬時にわかり、日本という枠組みを越えて、地球という枠組みを感じられるようになった。そんな時代に、日本で戦争がないからといって、自分たちが平和だといえるでしょうか。 草野 世界がつながっていると実感できることが、遠くの“他者”のことを考えるきっかけになっていますよね。でも、そこで自分たちはどうするのか、自分たちさえよければいいのか、それとも一緒によくしていこうと思うのか、一人ひとりに突き付けられているように思います。 四ノ宮 そうですね。僕も突き付けていけるような映画を作りたいですね。困っている人を助けたいという気持ちは誰もが持っていると思います。その気持ちをもっと強くさせて、実際に行動を起こさせるような映画を目指したい。 “死”を身近に感じること
四ノ宮 人の死を身近に感じるからでしょうか。フィリピンのゴミ山では、昨日元気だった子どもが今日突然死んでしまう。そういうのを目の当たりにして、何とか一日でも長く生きてほしいと願うのは人間の本能だと思います。 草野 四ノ宮さんは昨年、イラクで殺害された香田証生さんに会われましたね。ご自身のホームページに追悼の言葉を載せられていますが、彼の死をどのように受け止めていますか? 四ノ宮 彼の死からイラクの戦争状況がより身近に感じれるようになりました。イラクに行こうとする彼は、「危険だけどもどうしてもこの目で現地を見たい」という気持ちが強く、僕も同じような気持ちでいましたから、引き止めることができなかった。僕は今でもそれを悔やみ、止められなかった罪を生涯負い続けるでしょう。ただ、彼の死は決して無駄ではなかったと思います。彼の死が、たくさんの日本人にイラクに目を向けさせました。そして、イラクで亡くなった10万人の人々のこと、アジアを襲った地震・津波の犠牲者20万人のことも、私たちに「見て見ぬふりをしていいのか」と突き付けたと思います。香田くんのお母さんから「息子のたどった足跡を教えてください」と言われ、僕はその約束を映画で果たしたいと思っています。 草野 “死”をきちんと考えることが、生き残った者の使命ではないでしょうか。私たちはそれを忘れてはいけないと思います。『戦争と平和』の完成をとても楽しみにしています。 「で、完成はいつごろですか?」という質問を何度繰りかえしたことだろう。そのたび四ノ宮さんは「わからないです」と遠くを見つめるように答えた。 すべては簡単ではない。解決への道のりは程遠い。わかりやすい単純な図式に当てはめ、拙速に答えを求めようとする安易な風潮への警鐘のようにも思えた。 聞き手・草野満代(キャスター) Profile ●しのみや・ひろし 映画監督。1958年宮城県出身。大学在学中に寺山修司率いる「天井桟敷」に入団し、大学を中退。その後さまざまな職業を経て、86年監督デビュー。95年長編記録映画『忘れられた子供たち―スカベンジャー』を完成。2001年『神の子たち』完成。第52回ベルリン国際映画祭、モントリオール世界映画祭へ正式招待を受ける。02年シネマアンビエンテ環境映画祭(イタリア)コンペティション部門グランプリを受賞。現在、イラクでドキュメンタリー映画(仮)『戦争と平和』の制作に取り組んでいる。 URL:http://www.office4-pro.com/ 現在『戦争と平和』5000人制作委員会が、制作と公開のために現在一口1万円で支援者と支援団体を募集しています。 振り込み先郵便振替口座00100-9-66498 口座名 オフィスフォープロダクション |
| ドキュメンタリー映画「戦争と平和」 監督四ノ宮浩 |
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