| わが友となった香田証生くんについて |
僕は彼のイラク行きを止めれなかったことを今でも、悔やんでいる。 証生くん、本当にごめん。また、証生くんのご両親にも先日の彼の通夜に出席させていただいたときにお詫びをさせていただいた。 しかし、彼は「僕はイラクの人々の様子やイラクの状況を、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の体で感じたいんです。危険は承知していますから」と言われた時、僕は「まるで僕の気持ちと一緒だ」と思ってしまい、彼のイラク入りに対してあまり強くとめようとかの気持ちが失せたことも事実である。僕は今思うに、彼は旅の途中のイスラエル、テルアビルでアルバイトをして金をため、エルサレムに入り、パレスチナ難民問題や自分の信じていた宗教キリスト教の興味からキリスト生誕の地ベツレヘムなどを旅し、死海に行き、ぼんやりと自分の将来や世界の平和などを考えるうちに「戦争という現実を体験したい」という気持ちになり、現在も戦時下にあるイラクに行きたいという意志が目覚め、日本では感じることのできなかった数多くの「生と死」をみつめ、自分のこれからの生き方を決めたり、世界の平和についてなどを考えたかったのかなあと思っている。 それにしても残念である。 彼は確かに無謀にも100デナール(日本円で約1万5千円)しか持たずにイラク入りした。しかし、彼はイラク人と友達になり、イラク人の気持ちを知るにはイラク人の家に泊まらないととも思い、あまりお金はかからないだろうとも思ったのではないか。現実のイラク人の失業率は60パーセントとも言われ、今のイラク人の平均月給は100ドルたらずという事実からすれば無謀という言葉だけでは語れない気がする。僕は今思うに、彼は素直な心をもった性格なので、心優しきイラク人を信じていたのだと思う。 それにしても彼の死は僕にとっても悔しくてしょうがない。また、彼はテロリストに捕まったときのビデオで「僕の首をはねるのでどうか小泉さん自衛隊を撤退させてください」とは言わなかった。あっぱれだと僕は思った。その時の「ごめんなさい」は日本政府と日本国民とご両親に対してのご迷惑をかけてすみませんでしたと言っていると僕は感じた。 彼と最後にあった日に、バス停で彼に「本当に大変だったらバクダッドに日本大使館があるから行けば」といったが彼は「いや、迷惑はかけれませんから」と即座に答えた。彼はそんなやさしき心をもつ青年だった。彼はイラクで何を見て何を感じていたのだろうか。僕は天国にいる彼に聞きたい気持ちでいっぱいである。 しかし、非常に残念である。今は、彼の死が無駄死となることなく、世界が平和に向かうきっかけになることを望むばかりである。また、僕自身も彼の死を深く心に受け止め、世界が平和になるきっかけの映画を創ることをここに誓う。 |
| 2004年11月8日
ドキュメンタリー映画「戦争と平和」 監督 四ノ宮 浩 |
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