わが友「香田証生君」の死から1年をむかえて

本当に月日がたつのは早すぎます。
香田くんがイラクで武装勢力に拉致され、殺害されて、もう1年が経ってしまった。
本当に月日がたつのは早すぎます。「今後このまま、毎年毎年、年を重ね、世界中が戦争と貧困の渦にまみれながら、地球が朽ち果てるのをただただ見つめて僕は死んでいくのか」と、自分の心に問い直してみた。そしたらしばらくして「そんなのやだよ」という心の声がどこからか僕の心にしみいってやってきた。

じゃあ、これからどうするか。「これから僕はどんな生き方を最後の瞬間までしていこうか」と考えることが今回の日記の目的である。

まずは香田君の生き方から反すうすることにする。
彼は、僕やホテルの従業員サミールのイラクの危険な状況の説明にもかかわらずに「まあ、何とかなるでしょう」とひょうひょうとイラクに旅立っていった。僕はその時、内心、彼の行動がうらやましくすごいとも感じられたこともまた事実である。
というのも、その当時の僕の心境はというと「今イラクに入って武装勢力にでも万が一捕まれば、たとえ生還したとしても、すごい非難パッシングをうけるだろう」と考え、だから、「まさかの時にパッシングされてもある程度は世間の目をかわすために、大義名分のイラクビザをもらい、すぐイラク入りしよう」と計画していた。

だから、香田君の、何も失うものがない彼の純粋な「イラクを見て、戦争というものを感じ、何かをつかみたかった」その一直線的な生き方や想いがとてもうらやましかった。彼にとっては危険は当たり前、それよりも日本にいても経験できない戦争を知りたいという好奇心を満足させることのほうが、ただたんに優先しただけである気がする。また、僕はある意味、彼の行動力にも嫉妬もしていたんだろうなぁとも最近、彼の死から1年経って思うようになった。「いやぁ、人間はいつかは死にますから(だから今を懸命に生きるために)イラクを見に行くんです」こんな様な言葉もくちべたな彼の口から発せられた気がずっとしていた。

それにしても、彼には壮絶なラストが待っていた。僕はたぶん、ぜったいに死ぬまであのインターネットに流れた彼の死の瞬間の映像を忘れられないだろう。また、僕は、彼を止めれたのに止められなかった罪を一生背負ってこれからも生き続けていくと思う。今、日本中で彼のことをしらない人は誰もいない。強烈な衝撃を日本国民に与えて去ってしまった彼。

「今は何やってるの?香田君。 許してくれよ、 香田君」なんてことを思っていたら、急に彼のお母さんに会いたくなった。また、彼のお墓参りもしたくなってきた。近々にでも行こうとするか。

「皆さん、香田君の生き方をどう思いますか?」何事にも懸命に生きたであろう香田君。今も生きていればそれに越したことはないですけど「、戦争という実態を体験するために、自分の体と心と魂で何かを感じるために、自分の一生忘れることのない生きた思想を身につけるために」イラクへと旅たった香田君。

僕はたぶん、いつか、香田君への追悼の意味もこめて、これからの日本の若者の生き方を問う彼の映画を創ろうとも思っている。

メディアによりゆがめられた数々のニュースよりも、自分が感じる戦争の真実を探しにイラクに旅立った香田君。彼のお通夜のときに、彼のお母さんにも言ったが、「万が一、彼が生きて戻ってきたら、今頃、彼は日本のヒーローになっていたかもしれませんね」僕も、彼と別れたあのイラク行きのバス停でとめることができなかった理由として、香田君にそんなことも期待していたのかもしれない。

僕は決して「香田証生という日本人の若者の死」を忘れない。でも、ひとつうれしいことに皇太子殿下が「香田君の死」に対してお悔やみのコメントを出してくれた。そのことで、香田君の行動が「単なる軽はずみ」から「命を懸けても生きていく勇気ある行動」へと昇華された気がしたのは僕だけだろうか。

また、僕は彼を思い出すたびに、ある女性とどうしてもダブってしまったことがある。その彼女とは、2003年3月14日ごろ、イラク戦争直前のバクダットで出会った「人間の盾」のメンバーの一人で20代後半のイタリアからきたかわいい知的な女性だった。

彼女は見ず知らずのイラクの子供たちを守る「人間の盾」になるために、死んだらしょうがないといった覚悟を持ってイラクにやってきた。僕は今でも惜しまれる。もし、イラク戦争前のあの当時、世界中の人間の盾がどんどん増えていったら、きっと相当の戦争の抑止力になっていたことを。それにしても、自分の命を懸けてまでイラクに行った人が、最初に世界中からたったの200人、僕がイラク入りした3月14日時点にはおそらく50人ぐらいしかいなかったような気がする。(世界中の反戦デモが1000万人いたのに、どうしてこんなに自分の命を懸けてまで「人間の盾」となる人が少ないのだろう)

今、また、アメリカが、しきりにイランやシリアに攻撃する機会をうかがっている様子である。そのときには僕もまた世界中から集まった、たぶん今度は希望もこめて、1000人以上になる「人間の盾」を撮影しにいくと思う。「自分の命を犠牲にしてまでも他人の命を助けようとする」僕はこの崇高な生きる哲学に惚れている一人である。人間の寿命はたった80年だとしても短すぎる。何事にも懸命に生きている人々にとっては、たぶん、あっという間に終わる感覚である。でも、この「人間の崇高な生き方は、そのひとつの命が果てても、人から人へ時代を超えて続いていく」(まるですばらしい映画みたいにすばらしい思想も勝手に一人歩きするんですね)だから僕は今、人間としての理想的な生き方が大切のような気がしてきたところだ。

イラクでは「香田君の死」から1年経つというのに、人間同士の泥沼の殺し合いが果てしなく続いている。また、イラクで起きつづけている相当数の自爆テロにも思いをはせてみる。「なぜイラク人は自分の命を犠牲にしてまで自爆テロをおこなうのか」

もし今、日本が戦争状況にあり、自分の家族、親戚、友達が殺され続けたのなら、僕は迷わず自爆テロでも何でもする気がする。イギリスの権威ある医学誌「ランセット」の推定ではこの2年間のイラク戦争でのイラク人死者が、女性子供を中心に10万人を超えたとのこと。それも、2度にわたるあのファルージャ攻撃が含まれていない数字である。

こんな事実を目の当たりにするにつけ僕はこれからの正しき理想の生き方を考え抜こうと思う。(僕は今、少しの間でも、またバクダットに入ろうかとも思っている)「なんとかなるでしょう」そう自分にいい聞かせているところである。

この日記は、監督四ノ宮浩が世界を放浪しながら「これから生きていくうえでの大事だと思われる思い」などについて語られる。

2005年10月28日
監督 四ノ宮 浩

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