| 僕はやっぱりこの国「フィリピン」の貧しい子供たちを捨てられない |
僕はやっぱりこの国「フィリピン」の貧しい子供たちを捨てられない 昨夜、陽も暮れかけた頃、タクシーに乗って窓から外を眺めてみることにする。明かりのついているところはというと、主に薬屋、ガソリンスタンド、カジノ、飲み屋、レストランなどだった。 この光景は、僕が初めてこの国を訪れた17年前と何故かあまり変わっていないように感じた。いわば明かりがついているところが儲かっているところと考えていいだろうか。 この地は薬だって日本の価格並みに高いので、1日500円の収入しかない庶民にとっては病気は死さえ意味するのである。まばたきすると僕の瞼の裏に一瞬、貧しさのために薬など買えずに死んでいった子供たちの残像が現れた。世界中でだれが薬の値段を決めているというのか。なぜその国の物価にあわせようとしないのか。 またこの地は電車などほとんどない車社会である。ラッシュアワーには東京以上に、日本の中古車が所狭しと道路を占拠している。僕はふっとあることが心に思い浮かんだ。「実はTOYOTAやHONDAやNISSANなどはガソリン自動車ではなく、環境にやさしい電気自動車を開発実用したいのに、まだアメリカなどの石油産業の了解を取れないからではないのか」と。この地にはそんなことを思わせるほど、いたるところにPETRONやSHELLなどアメリカ資本のガソリンスタンドが目に付く。 またこの地は日本のギャンブラーにとってはまさにカジノ天国である。東京にカジノが住民の反対でだめだというなら、この地のどこかに土地を長期で借りあげ、日本のNGO や石原都知事の東京都や糸山英太郎などに運営してもらう「売り上げの10%はこの地の貧しい子供たちに自動的に使われるチャリテイーカジノ」などを作ったらどうだろうか。 きっとそんな目的のカジノなら日本の奥様方も少しは目をつぶってくれるのではないのか。 この奇抜なアイデアはお金に余裕のある日本人の方々を来させるには有効な手段だと思うがどうでしょうか。 そんなとんでもないことも昨夜、思ってしまうぐらいこの地の貧しい子供たちは多すぎるのである。 今この地がかろうじて地獄になっていないわけは、実はアメリカや日本や海外のいたるところにいるこの国の労働者の方々の家族への仕送りなのである。この国の1日の最低賃金500円ほどではぜったいに家族を支えきれないので、家族思いの人々は海外に出稼ぎに行くのである。 昨日一日だけで何人の激しい生き様の話や何人の歯を食いしばって生きている人間に出会ったろうか。夜ある飲み屋の前を通ると、その店の前で片足のない若い男に小銭をねだられた。聞くとその男は2年前にあるトラブルからアルマナイトというでかい銃で右足を撃ち抜かれたという。それから当然彼はまともな仕事ができないし、義足だって買う金などなく、ただ自分を見世物にしてドネーション(寄付)で生きていくしかないようなのである。またその近くの道端には3人の親子が2,3歳の子を真ん中に川の字で熟睡していた。10メートル手前では身を真っ黒にした浮浪者のおばさんが黒いゴミの袋を2つ枕にして寝ていた。たまに道案内をしてもらっている別のおばさんも僕にこんな話をした。実は数ヶ月前に家が火事になり、すべて燃えてなくなり、自分の子供と姉と3人でその道端の反対側に3日間寝ていたという過去を語ってくれた。(ホームレスになったのである) 深夜CAFEに入り22歳のウエイトレスに聞くと、25歳の夫が強い酒を飲み、心臓病かなんかで急に死んでしまい、今は生まれたばかりの3ヶ月の子供のために働いているという。僕はその母と子の将来を想像しただけで涙がこぼれそうになる。この街にはその親子を助けてくれる手段なんかぜったいに見つけられない。この街を歩くと必ずこんな胸を熱くさせる話ばかりいたるところに転がっているのである。 そんなことをいろいろと思わせたのは実は製作プロデューサーの寺山偏陸さんの以下の文章のFAXである。 四ノ宮様 あなたが今、悩んでいる事について、とてもよく理解できるしそれは当然のことです。しかし今、あなたがフィリピンを離れて、チベットやら、貨幣の必要のない中国のある村などに行ったら、あなたは至上このうえない幸福感に満たされるかもしれませんが、残されたフィリピンの貧しい子供たちはどうすればいいのですか? あなたと同様に自由に国外へ出られる人はフィリピンにはめったにいないのです。 あなたの憤怒と、誰にぶつけることもできない大きな疑問符のようなものが、あなたの映画作りの原動力になっていることに早く気がついてください。 (中略) あなたがお金の必要のない地域へ逃げて行ってしまうのではなく、今、その地を理想の地に変えるために、あなたはフィリピンにとどまり映画を撮ることに全身全霊を捧げることを、深く、静かに、怒りをこめて考えてください。 了解しました。僕はもう少しこの地の貧しき子供たちを助ける手段を探します。 2006年3月7日 四ノ宮浩 PS.監督放浪日記はまだまだ続きます。 また、映画製作5000人委員会にまだのご加入の方はどうぞよろしくお願いします。 ご意見ご感想はこのHPの掲示板やメールでお願いします。できるだけお答えします。 メールアドレスはこちらinfo@offfice4-pro.com |
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