天理地区医師会定例講演会

「脳梗塞の諸相」

                                                       日時:平成11年1月30日

                                                       場所:天理市保健センター

講師:天理よろづ相談所病院 神経内科部長 橋本修治先生


 脳梗塞を(1)皮質下梗塞、(2)一過性脳虚血発作(TIA)、(3)心房細動(AF)による塞栓症に分け、それぞれの症例を呈示し治療法と問題点について言及したい。はじめに、皮質下の大梗塞について述べ、順次、TIA、心原性塞栓症について述べる。その後で、皮質下の小梗塞(ラクナ梗塞)に戻る予定である。

 皮質下の脳梗塞は、(1)皮質下の小梗塞(ラクナ梗塞、最大径1.5cm以下)と(2)皮質下の中〜大梗塞(最大径1.5cm以上)に分けられる。皮質下の中〜大梗塞の代表として線状体内包梗塞(striatocapsular infarction, SCI)がある1)。ラクナ梗塞は細い動脈(穿通枝)の病変によるが、SCIは主幹動脈(中大脳動脈や内頚動脈))の狭窄〜閉塞による。両者は同じ皮質下の梗塞であるが責任血管が異なっている。

 SCIの症例を呈示する。患者は73才の女性でAFがあった。眼科に白内障手術のため入院中、急に左片麻痺を生じた。左半身の感覚低下と左半側空間無視を認めた。左上肢の余剰幻肢も訴えていた。CTでは右被殻部を中心に内包にかけて長径約4cmの低吸収領域を認めた。大脳皮質に低吸収域はなく、SCIの典型的パターンを呈していた。皮質部に梗塞はなかったが、半側空間無視や余剰幻肢など皮質障害の症状も呈していた。

 次の患者は66才の女性である。平成8年9月23日頃から左手が少し動かしにくかった。9月26日には左半身の脱力に気づいた。927日朝起床時、左下肢の脱力が進行し起立不可能となった。CTにて右被殻部を中心に長径約3.5cmの低吸収域を認めた。MRAでは、右中大脳動脈起始部の閉塞を認め、左中大脳動脈起始部の狭窄も疑われた。SPECTで は、右大脳半球深部だけではなく皮質の血流も低下していた。

 このような中大脳動脈起始部の閉塞や狭窄の症例は、浅側頭動脈―中大脳動脈吻合術(STA-MCA吻合術)の良い適応と考えられるかもしれない。しかし、STA-MCA吻合術は、1985年のThe EC/IC bypass study groupによる研究によって有効性が否定された2)。アスピリン(日に325mgを4回)による内科治療群と手術群を比較したところ、STA-MCA吻合術の有効性が否定されたのである。特に、中大脳動脈の高度狭窄例では、外科的治療の成績は内科治療よりも不良であった。これは、吻合によって中大脳動脈遠位部に血流が供給されたため、狭窄のある中大脳動脈起始部近傍の血流が減少し、狭窄がさらに進行したためであろうと推測されている。

 次にTIAの症例を呈示する。患者は55才の女性である。10-20分間持続する左片麻痺の発作を1年間に6-7回繰り返していた。脳血管撮影で両側の内頚動脈起始部に軽度の狭窄を認めた。パナルジン内服で治療を開始したが再発したため、ワーファリンに切り替えた。当初INR(international normalizing ratio) 1.5-2.5、最近では1.3前後で、6年間発作は完全に抑制されている。

 我々の施設で経験した TIA 17症例のまとめを示す。9例でいつも同じ発作型を示していた。8例では発作型は発作毎に異なっていた。発作は月に1回から毎日あるものまで様々であった。9例で発作持続時間は15分以内であった。TIAでは医師が発作を目撃することは少なく、また病歴聴取上、約半数で同じ発作型を訴えているため、癲癇の部分発作と鑑別に苦労することもある。TIAの2例目は63才の男性である。動脈撮影にて左内頚動脈起始部に90%以上の高度狭窄を認めた。この患者には内頚動脈の内膜剥離術3 〜6)を施行、以後、TIAは起こっていない。

 次に心原性塞栓症に移る。心原性塞栓症の急性期治療として、tissue plasminogen activatort-PA)を用いて塞栓を溶解させると、症例によっては、良好な結果が得られることがある。t-PA治療の自験例を呈示する。患者は52才男性で、僧帽弁閉鎖不全症により心臓手術の既往があった。平成7年1227日朝8時30分、電話中に急に呂律が回らなくなった。立つことが出来ず頻回の嘔吐をきたし来院した。諸検査施行中に意識レベルが急速に悪化し呼吸も鼾様になった。発症後約6時間目に脳血管撮影施行。脳低動脈先端部の血栓が確認された。脳底動 脈にt-PAを注入し血栓を溶解させた。血栓が溶解するとともに、意識レベルは改善し呼吸も整調となった。その後、視野欠損を残したが、通常の日常生活に復帰するまでに回復した。もう1例t-PA治療の症例を呈示する。74才の女性である。30才から糖尿病があり食餌療法で加療されていた。非弁膜症性のAFがあった。ワーファリンが投与されINR1.2に調整されていた。平成10年 2月27日午前10時半頃から鼾をかいて寝たまま覚醒しなかった。午後4時頃家人が異常に気付き受診した。来院時、閉じこめ症候群(locked-in syndrome)を呈していた。t-PAによる治療を開始したのは推定発症時刻から10時間近くたっていた。動脈撮影にて脳底動脈はほぼ完全に閉塞しているのが確認された。t-PAの動脈内注入にて、脳底動脈を開通させることに成功したが橋出血が起こった。臨床症状の悪化はなかったが、改善はごく軽度で満足すべきものとならなかった。先の患者と比較して、高齢であったことと、糖尿病を合併していて動脈硬化がすすんでいたこと、t-PA開始までに長時間経過していることなどが、治療成績を悪くした原因と考えている。

 次も心原性塞栓症の症例を呈示する。患者は71才の女性でAFがあった。心臓弁膜症の既往はない。7年前から高血圧症で加療中であった。平成8年3月25日夜、家族と会話中に急に意識障害を来した。意識障害から回復後、両眼が見えないことに気づいた。四肢の麻痺はなかった。CTにて両側後頭葉に脳梗塞を認めた。他の部分に梗塞巣はなく初回の卒中発作であった。この患者のように、心臓弁膜症がなくても、AFは脳梗塞のrisk factorと考えられる。

 近年、弁膜症がない患者でAFがあった場合、脳塞栓症予防にワーファリンの使用が勧められている。この際、AF患者を一律に同じ量のワーファリンで治療するのではなく、脳卒中発生の危険率を考慮した投与方法が推奨されている7,8)AFI/ACCP Cosensusでは、(1)60才以下で高血圧を含め循環器系にrisk factorのない症例をlone AF、(2)65才以下で循環器系の異常や糖尿病などがない症例をlow-risk AF、(3)65才以上で循環器系の異常や糖尿病などがない症例を moderate-risk AF、(4)高血圧の既往、糖尿病、TIAや脳卒中の既往、虚血性心疾患、うっ血性心不全を合併する症例をhigh-risk AFに分類している。治療を行わなかった場合、脳卒中の年間発症率は、low-risk AFで約1%moderate-risk AFで約2%high-risk AFでは約6%である(表1)。これら弁膜症のないAF患者の各群について、以下のような治療方法が推奨されている7,8)。すなわち、60才以下のlone AFでは治療不要、low-riskの患者ではアスピリンを投与、moderate-riskの患者では、患者の状態に応じて、アスピリンまたはワーファリンを投与、high-risk患者で75才以下ではINR 2.5high-risk患者で75才以上ではINR 2.5あるいは 2.0、以前に脳卒中やTIAのある患者ではINR 3.0になるように、ワーファリンを調整するというものである(表2)。(当院でのINR 2.0は、PT値にして1.7秒前後に相当する。なお、講演会当日言い損ねたが、以上は欧米の基準であり、推奨されたINR値を日本人にそのまま適用できるかどうかは、検討の余地があるかもしれないと思っている。)

 ここでAFのない患者でも、ワーファリンによる治療が有効かという疑問が生じてくる。The stroke prevention in reversible ischemia trial SPIRITstudy group1997年に発表した成績では、ワーファリン投与群とアスピリン投与群が比較された9)。この研究ではAFを持つ患者は除外されている。ワーファリン量はINR3-4.5になるように調整された。結果はワーファリン群で有意に脳出血の発生が多かった。特に、CT上、leukoaraiosisがある症例や65才 以上の人で脳出血が多く認めれた。

 上記に研究では、ラクナ梗塞で脳出血が特に多いという傾向は認められなかったが、私は、この研究は、穿通枝領域に動脈硬化がある症例で出血が多いかもしれないことを示唆していると考えている。我々は以前に、MRIを用いて、多発性ラクナ梗塞で潜在性脳出血の合併を調べたことがある。この時の検索では、33例中9例に潜在性脳出血の合併を認めた10)。ラクナ梗塞と高血圧性脳出血は同じ穿通枝領域に起こり、細い動脈の病変を基盤として起こるため、合併しやすいと考えられる。最近、脳ドックでも、潜在性脳出血を認めた症例を経験した。57才の女性で高血圧と眼底出血の既往があった。神経学的な異常所見はなかったが、MRIで 両側被殻に小出血跡が認められ、左視床には、小梗塞が認められた。高血圧があってラクナ梗塞を多発している症例では、現時点では、ワーファリン治療を避けた方が賢明と思われる。

 次に、多発性ラクナ梗塞の臨床像について述べてみたい。多発性ラクナ梗塞では、(1)歩行障害(血管性パーキンソニズム)、(2)構音障害、嚥下困難などの偽性球麻痺、(3)自発性低下を主徴とする皮質下性痴呆の3症状を呈する11)。歩行障害のパターンは独特である。歩行時の立位姿勢は、上体が直で、体の重心はやや後方に偏る。下肢も膝で比較的直になっていることが多い。足の前後方向の振り出しは小さくすり足となる。左右足幅はwide-basedである。歩行開始が障害され、足を振り出そうとするが、床に足が吸い付いたようになって振り出せない(start hesitation)。方向転換時(回転時)にも躊躇が見られ、著名な小股歩行となる。上記3症状のうち、どれが優位に出現するかは症例によって異なるが、歩行障害を主訴に来院した患者でみると、多くの症例で3症状が揃っていた。高血圧の既往がある症例が多い。片麻痺など脳卒中の既往がある症例も存在するが、急性症状を呈することなく、緩徐に症状が出現してくる症例も多い。進行すれば寝たきりとなる。多発性ラクナ梗塞は慢性に経過するため、おそらく在宅医療の対象となり、開業医の先生方が関わることの多い病態と思う。

 一般に脳梗塞の予防には高血圧の治療が重要であるが12)、ラクナ梗塞を多発した症例で、高血圧を治療することが、その後の進展をどれだけ予防できるかは不明である。症状の出ていない若い時の高血圧治療が肝要と思う。また、ラクナ梗塞の再発予防に、抗血小板剤が有効か否かは不明な点が多い13,14)。ラクナ梗塞の治療については、今後の研究に期待せざるをえないようである。

 最後に、ラクナ梗塞のみを対象にしたものではないが、抗血小板剤の内、アスピリンとチクロピジンを比較した研究を示しておきたい。この研究ではチクロピジンの方が脳梗塞の再発予防に有効であった15)。しかし、副作用はチクロピジンの方が多かった。主たる副作用として、下痢、皮疹、顆粒球減少症が報告されている。顆粒球減少症は約0.9%に起こる。減少症が起こるのは投与開始後3ヶ月以内に限られているため、最初の3ヶ月間は血液検査を頻回に行う必要があろう。


表1(文献8から引用)

AFI/ACCP Consensus

Risk

High-risk

Moderate-risk

Low-risk

Criteria ・高血圧症の既往
・糖尿病
・脳卒中のTIA既往
・心冠動脈病変
・欝血性心不全
・年令:65才以上
・High-riskの所見なし
・年令:65才未満
・High-riskの所見なし
脳卒中の危険 (治療なし) 年6% 年2% 年1%

AFI=Atrial Fibrillation Investigators

ACCP=American College of Chest Physicians


表2(文献8から引用)

Recommended
therapy
Alternatives
Lone AF,60才以下 None Aspirin 325 mg/day
Low-risk Aspirin 325 mg/day Warfarin INR 1.6〜3.0
Moderate-risk Aspirin or Warfarin
High-risk

75才以下




75才以上




Prior stroke
or
TIA

Warfarin INR 2.5
(range 2.0-3.0)


Warfarin INR 2.5
(range 2.0〜3.0)
or
Warfarin INR 2.0
(range 1.6〜2.5)


Warfarin INR 3.0
(range 2.5-4.0)

Aspirin if warfarin
contraindicated




Aspirin if warfarin
contraindicated


Warfarin INR 2.5
(range 2.0-3.0)
aspirin if warfarin
contraindicated

Lone AF:高血圧なし。経胸壁心臓超音波検査正常

文献

1.Donnan GA, Bladin PF, Berkovic SF, et al: The stroke syndrome of striatocapsular infarction. Brain 1991;114:51-70.

2.The EC/IC bypass study group: Failure of extracranial-intracranial arterial bypass to reduce the risk of ischemic stroke. N Engl J Med 1985;313:1191-1200.

3.North American symptomatic carotid endarterectomy trial collabotators: Beneficial effect of carotid endarterectomy in symptomatic patients with high-grade carotid stenosis. N Engl J Med 1991;325:445-453.

4.Executive committee for the asymptomatic carotid atherosclerosis study: Endarterectomy for asymptomatic carotid artery stenosis. JAMA 1995;273:1421-1428.

5.Moore WS, Barnett HJM, Beebe HG, et al: Guideline for carotid endarterectomy. A multidisciplinary consensus statement from the Ad Hoc committee, American Heart Association. Stroke 1995;26:188-201.

6.European carotid surgery trialists' collaborative group: Randomised trial of endarterectomy for recent symptomatic carotid stenosis: final results of the MRC European Carotid Surgery Trial (ECST). The Lancet 1998;351:1379-1387.

7.The Quality Standards Subcommittee of the American Academy of Neurology: Practice parameter. Stroke prevention in patiens with nonvalvular atrial fibrillation. Neurology 1998;51:671-673.

8.Hart RG,Sherman DG, Easton JD, et al: Prevention of stroke in patients with nonvalvular atrial fibrillation. Neurology 1998;51:674-681.

9.The stroke prevention in reversible ischemia trial (SPIRIT) study group: A randomized trial of anticoagulants versus aspirin after cerebral ischemia of presumed arterial origin. Ann Neurol 1997;42:857-865.

10.橋本修治、川村純一郎、中村道三ら: 「潜在性」の脳出血と考えられる病変をMRIで認めた多発性脳梗塞。 神経内科 1990;33:49-56. 

11.高橋和也、橋本修治、末長敏彦ら:脳血管障害性パーキンソニズムに対するTRH治療の試み。 Progress in Medicine 1997;17:276-280.

12.MacMahon S, Peto R, Cutler J, et al: Blood pressure, stroke, and coronary heart disease. Lancet 1990;335: 765-774.

13.Yamaguchi T, Nishimura K, Minematsu K for the Japanese Antiplatelet Stroke Prevension Study Group: Benefits and hazards of antiplatelet therapy in ischemic cerebrovascular disease. 脈管学 1994; 34: 279-285.

14.棚橋紀夫 : ラクナ梗塞の急性期治療の基本と再発予防. 脳卒中 1995; 17: 572-577

15.Hass WK, Easton JD, Adams HP, et al: A radomized trial comparing ticlopidine hydrochloride with aspirin for the prevention of stroke in high risk patients. N Engl J Med 1989; 321: 501-507.


 橋本修治先生には、お忙しいところ、抄録を提出していただきました。ありがとうございました。


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