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御本社 御本殿
嵯峨天皇(神野太神宮)
菅原道眞公(綱敷天神)
末社(御本社内)
喜多埜稲荷(宇賀御魂神)
(喜多埜稲荷神社
白龍大神
(白龍社)
猿田彦大神
(白龍社)
御旅社
菅原道眞公(梅塚天神)
御旅社御本殿)
玉姫大神(宇賀御魂神)
(玉姫稲荷神社)
歯神社
歯神大神(宇賀御魂神)
戦前の末社
戦前の末社の御祭神
当社ゆかりの人物
源融公
度会春彦(白太夫)
その他の人物

嵯峨天皇

 嵯峨天皇は第52代の天皇にましまして延暦5年(786年)9月7日御降誕。御名は神野(かみぬ)。

 桓武天皇の第二皇子であり、幼くして聡敏であられ好んで書を読まれ、長づるに及び博く軽史に通じ、詩文・書法に巧みであり、世に三筆(嵯峨天皇、弘法大師、橘 逸勢)と称せられる。

 天皇の聡敏なところは文才だけに留まらず、「薬子の乱」の際には乱の起きたその日のうちに、軍備を整えられ国政分裂の危機を回避されるなど決断力と実行力を持ち合わせた天皇であられたといえるでしょう。

 また桓武天皇の御代には戦乱が相次いでいましたが、嵯峨天皇の御代ともなると、反勢力も次第になくなり、国内の治世に力を注がれ、弘仁格式とよばれる法令集をお作りになられ、法治国家としての体制を整えられ、他にも「検非違使」・「蔵人所」など現在の警察、法務のような機関をそれまでの律令制度にとらわれない「令外官(リョウゲノカン)」としてつくられました。

 そして、平和な時代ともなると文化面が発達し、そんな中で嵯峨天皇は平安文化の先駆として「青馬節会」、「御斎会内論義」の宴を初めて催さたり、雅楽では「鳥向楽」という曲をお作りになられ、有職故実に至るまでに様々な面で大きな業績を残され、後世の人々に「弘仁の治」と讃えられました。




【お祀りされている御社殿】
・御本社本殿



【嵯峨天皇さまの御神徳】
・平安文化の祖神
・筆法上達
・治世の大神
・燗酒、屠蘇の始









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